「ビン・ラディン氏」
そんな時にアフガニスタンでの戦いを終えたビン・ラディン氏がサウジアラビアの国境を守らせて欲しいと名乗りを上げます。
ビン・ラディン氏はサウジアラビア最大の建設会社社長の53人の子供の1人である。
サウジアラビアとは王国であって、サウード家のアラビア、サウード家の国王が完全に牛耳っている王国。
この国王から直接大きな多くの仕事を請け負っていたのがビンラディン・グループである。
要するに大金持ちである。
なので、ビン・ラディン氏もかなりの大金持ち。
そして、ビン・ラディン氏はサウジアラビアの国防はイスラム聖戦士の私がやりますと。
しかし、サウジアラビアの国王はイラクはかなり危ない国なので、イスラム聖戦士では危ないと感じていた時にアメリカがアメリカ軍隊を駐留させないか?と申し出があり、それを受け入れることにします。
しかし、ムジャヘディンのビン・ラディン氏の考えはイスラム教の教えの中で国を守るという考えなので、イスラム教国家はイスラム教聖戦士のムジャヘディンであるビン・ラディン氏が守らなければならないのに、何故アメリカ軍に守らせているのだとサウジアラビア王家を強く批判します。
イスラム教の教えとは違う行動をしているではないか!?と強く強く批判します。
その結果ビン・ラディン氏はサウジアラビアから国外追放を受けてしまいます。
「反米感情」
ここからスーダンという国に行き、反米感情が高まります。
反米感情が高まっているので、スーダンという国からアメリカを攻撃してくるのではないか?という事でアメリカはスーダンに圧力与えてビン・ラディン氏はスーダンからも国外追放されます。
そして、行く先がアフガニスタンなのです。
アフガニスタンはタリバン政権になり、そのタリバン政権の最高指導者ムハンマド・オマルとビン・ラディン氏はソ連共産主義と戦った仲なので、タリバン政権はビン・ラディン氏を匿います。
アフガニスタンも同じイスラム教国家の仲間を匿うというだけであり、反米活動を支持する国という風には見られたくなかった。
「アメリカ同時多発テロとタリバン崩壊」
ビン・ラディン氏は大丈夫なのか?となっている中で2001年9月11日アメリカ同時多発テロが勃発。
これを受けてアメリカは最後通達でアフガニスタンにビン・ラディン氏を出しなさいと言います。
これをアフガニスタンが拒否します。
ビン・ラディン氏の引き渡しを拒否します。
ムジャヘディンを裏切れないという。
その結果アメリカがアフガニスタンを空爆します。
2001年11月タリバン政権は約2ヶ月で崩壊します。
そして、2011年ビン・ラディン氏殺害。
「タリバンとアフガニスタン」⑥へ続く。
コメント